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いすみ鉄道なう☆

いすみ鉄道なう☆

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洗足池公園なう☆

洗足池公園なう☆

ことし初めて聞く蝉しぐれ♪

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やっぱりクラプトンは苦手だわ

やっぱりクラプトンは苦手だわ
ムスコがジャズサークルのメンバーとサークルとは別枠でライヴをやるんだそうで、演目はクラプトン、キーボードで助っ人を依頼されたらしい。

そんなこともあって、彼がTSUTAYAでクラプトンの2001年のライヴをiTunesに入れたので聞いてみた。

ガッドさんがタイコのときのだ。

しかしまあ、やっぱり苦手だわ。

やっぱりギタリストは必要以上に歌っちゃいけませんな(^^

同時にレンタルしたデラニー&ボニーのセッションアルバムはアーシーでなかなかよかった。

なんといっても全編にわたってピアノがレオン・ラッセルだし。

アコースティックでぐいぐい押したり引いたりがなんともたまりません♪

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デジアナ変換

地デジ移行後の画面はどんなだろうなと思って古いほうのテレビをつけたら、まだ放送が見られる。

調べたら、ケーブルテレビは2015年までこのまま見られるんだそうな。

そちらのほうは寝室のテレビで、ほとんど見ないから処分しようかどうしようか、処分するのも金がかかるしと、先週あたりようやくチューナーを見に量販店に行ってみたのだが、同じようなのんびりムードのヤツが多いらしく売り場は大混乱だったので買わずに帰ってきたのだった。

結果オーライ♪

しかし、今朝がたの地震はイヤな揺れだったなー(ーー;

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ぴあ

廃刊になる情報誌「ぴあ」を久しぶりに買ってみた。

ワタシはこの雑誌に格別の思い入れがある。

大学もろくすっぽ通わず、サークルにも入らず、本格的なバンド活動をあてもなく目指して「ぴあ」のメンバー募集コーナーに告知を出してみたところ、渋谷を拠点に活動しているセミプロバンドのマネージャーから連絡があって、オーディションを受けることになった。

数日後、待ち合わせの渋谷ハチ公前に現れたのは、ヒゲをたくわえた年齢不詳の(あきらかに自分よりは5,6歳は年上とわかったが)見るからにバンドマンふたり。

ヴォーカルのヨシさんにドラムのヒデさんだった。

連れて行かれたのは「渋谷ヘッドパワー」

彼らはそこのハコバンド(そういう呼ばれかたは皆が嫌っていたが)で、そのメンバーのひとりでマネージャーを兼務していたのがそののち一生の友となる、今は亡きガムラン氏だった。

そつなくオーディションをこなし、バンドの一員となってからは、毎月この雑誌に掲載されるスケジュールどおりにライヴ活動をこなし、バンドが休みの日(授業が休みの日じゃなくて)には女の子とどこに遊びに行こうかなというのもこの雑誌の世話になったものだ。

ぴあに載ったメンバー募集告知がつないだ一本の電話が、人生をかくも深く彩ることになるとは不思議な縁だ。

この雑誌にまつわる想い出を、きっとみんなさぞかしたくさん秘めていることだろう。

廃刊は世の流れ。

残念がってもしかたない。

でも、この雑誌が取り持ってくれた数々の縁を、忘れることはないよ。

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日輪の遺産

浅田次郎さんの小説。

三年ほど前、当時の上司が薦めてくれて読んだのだが、この夏映画化されると聞いてあらためて読んでみた。

500ページ余の作品ながら二日で読み終えてしまったが、衝撃の結末と最後の数ページには二度目でも涙が出てしまう。

今が踏ん張りどころの日本人。大切なものを大切な人のために守れるのか。

映画も見に行くぞ。絶対。

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35年越しのチケット

35年越しのチケット
DEEP PURPLE第四期の来日公演映像、DVDの日本盤がようやく発売になったので手に入れた。

中学三年の12月。。。

当時、ただ一度だけ行われた東京公演には受験生であることを理由に行かなかったのだが、今でもフェイバリットギタリストであるトミー・ボーリンが、その翌年に急逝してしまう。

その八ヶ月前にはデヴィッド・カヴァーデイルも脱退していて、たった一度の武道館公演は正真正銘、最初で最後のチャンスでもあったわけだ。

昨日リリースされたDVDには、当時のチケットのレプリカがオマケでついていて、はからずも35年目にして手にすることになった。

それにしてもチケット代の\3000は安いな。

インフレ率を勘案しても、いまどきのライヴチケットはちょっと高すぎる気がする。

中身も経済的価値も、ロックはすっかりオトナのものになってしまったのかなあと思いつつ、動くトミーを堪能することにしよう♪

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吉見百穴

吉見百穴
吉見百穴
はずかしながら埼玉にこんな遺跡があったとは知りませんでした。

古墳時代の墓穴なのだとか。

隣には軍事工場があったという巨大な地下穴もあって、そういえば浅田次郎氏の「日輪の遺産」という小説を思い出しました。

恐ろしく、それでいてはかなく切ない感傷の残る小説だけど、来月には映画が封切りなんだとか。

もう一度読み返してみようかな。

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蒼い夏

浜日傘ゆらゆら

すらりと伸びた長い葦

蒼い夏が駆けてゆく


そうだ、夏のウタプレイリストを作ってみよう!

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盆の入り

東京もんのワタシにとって、昨日が盆の入りだった。

今日は中日で明日はもう送り火。

二泊三日か、せわしないな。

仕事を早く切り上げて実家を訪ねてみると、菩提寺で卒塔婆はもらってきていたが、仏壇に花がない。

予想した通り、買ってきておいてよかった。

おふくろも仏になって帰ってくるのはまだ二回目だから、道に迷ったかもしれぬ。

盆の迎え火と送り火は欠かさない、先祖を大切にする人だった。

明日の送り火くらい一緒に焚いてやりたいが、悪いが明日は飲み会だ。

ちょっと奮発した仏花に免じて、盆の間はオヤジとゆっくりすごしておくれ。

んじゃ、また来年。

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SHOW-YAともんたよしのり

NHKの音楽番組にSHOW-YAともんた&ブラザーズが出ていたのを録った。

80年代のJ-POPを紹介する番組なのだけれど、当時の映像ではなくリアルタイムでのパフォーマンスだったからそれなりに楽しめた。

当時、いわゆる女性ヴォーカルのバンドにはあまり興味はなかったけど、SHOW-YAの寺田惠子さんはカルメン・マキをカバーしたりしていて、今でも好きなシンガーだ。

イングベーやCINDERELLAがやっていたギター回しこそやらなかったけど、「限界Lovers」は久しぶり。

腕も全然落ちていないなと思ったら、今でもずっと変わらず現役なのね。

失礼しました〜

もんたよしのりは、昔の張りのあるハスキーボイスはもう無理なのかな。

でも、バンドとしてしぶとく復活したことには称賛を送りたい。

次回放送は?杏里?B.B.クイーンズ?

ごめーん、やっぱり80年代音楽には基本的に興味ありませーん(^。^

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Cold Spring Harbor

Cold Spring Harbor
今朝の通勤BGM。

何となくカクテルの名前みたいだけど、ビリー・ジョエルのデビューアルバム。

正確にはソロになる前、前衛的なプログレバンドを組んでいたのでデビューと言えるかどうかはわからないが。

「オネスティ」も「素顔のままで」も出る前、まだ無名時代、しかし名作だ。

ビリーを知ったのは高校時代、文化祭バンドで「ストレンジャー」をカバーしたときだから、このアルバムはリアルタイムじゃないんだけど。

アルバムのリーダートラック「シーズ・ゴット・アウェイ」
のちにライヴバージョンでシングルヒットするこの小品が、アルバムのすべてを雄弁に物語る。

弾き語りながら、ピアノも歌わせることができる、このアルバムこそ原点であり代表作だと思う。

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試験Day

昨日、ワタシはとある資格試験に、ムスコは教習所の卒業検定に、それぞれ出掛けた。

ワタシのほうは、当初4月に実施される予定が震災の影響で昨日に延期になったものだったのだけど、もともと勢いで申し込んだうえにそういう事情で間があいてしまったりして、すっかり取得意欲も冷めてしまったものだから、ぎりぎりまで受けるか受けまいか迷ってたのだ。

だからろくすっぽ何の勉強もしていない。

まあ受験料も払い込んじゃったし、ほかにとくに予定もないし、とりあえず受けるだけ受けとこうと試験会場の某大学まで足を運んでみたが、会場まで行って腕時計を忘れたことに気づく。

完全にやる気ない証拠だな(^^;

まあ結果はともかく、試験場で席の両隣がお姉ちゃんだったので、良しとします(^^;

ムスコのほうは真面目にチャレンジしたとみえて見事合格。

さあて、次は鴻巣だね。

学科試験は平日オンリーだからどこかで自主休講にしないといけないと、時間割とにらめっこしている。

ワタシなら曜日に関係なくさっさと休んでしまうところだが、そもそも授業や学校を休むということに抵抗があるらしい。

なかなか真面目なヤツだ(^^

運転のほうもその調子で真面目に頼むよ(^^ゞ

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昔の夏、日本の夏

最近、夜ウォーキングをしていると、空気がムワーッと暑苦しくないのに気づく。

節電で、エアコン室外機からの排気が抑えられてるせいだろうか。

昨夜はムスコも夜ウォーキングに一緒だったけど、僕らがコドモの頃は自分の部屋にエアコンなんてなかったよという話をした。

帰りの通勤電車も冷房はあまりきいておらず蒸し暑い車内だったが、そもそも最寄の私鉄の冷房率が100%になったのだって、ワタシが学生の頃だった。

日本の夏って、そもそも猛烈に暑いだけでなくて、暑さをしのぐ工夫にもある種の楽しみがあったように思う。

「蚊なんかいないでしょ」と蚊取り線香はカミさんに却下されたけど、吉田拓郎の「夏休み」にあるような日本の夏を、今年は前向きに味わう姿勢があると気分もずいぶん違ってくるかな。

まあ夏生まれだし、もともと暑いのは苦手じゃないのだ。

さ、ようやく週末。

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ノーサイド

数々の物議を醸し出した揚句、辞任会見で「ノーサイド」。

まったく呆れ返る。

ラグビーでは、激しく戦った者同士、試合が終わったら敵も味方もないよという意味なのであって、だからこそ「ゲームセット」じゃなくて「ノーサイド」なのだ。

このおじさんの場合、たくさんの敵や遺恨をあらたに作り出した揚句、自分から勝手にゲームオーバーにしたんだから、「ノーサイド」じゃないだろ。

九州人やB型に加えてラグビーファンまで敵に回してしまったかもしれぬ。

ユーミンの「ノーサイド」を聴いて、ココロの洗濯でもしますか。

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